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須磨邦雄個人に多大な影響を与え、その後の美狂乱サウンドを形成するに至る以前にかかわりを持った人たちを紹介しておきます。 彼等からのインスパイアがサウンドの血肉となっていることは言うまでもありません。

 ★ 堀 内  聡 Satoshi Horiuchi

(Bass)

 小学5年から中学3年までの5年間ほど行動を共にしたベーシスト。
第一回グレコ主催Aロックコンテストや、かの土屋昌己氏と対バンした地元「沼津緑屋デパート」主催のコンテスト等々、忘れられない場面でいつも一緒だったヤツ。
丸井沼津店でベースギターを購入するが、チューニングもわからず右往左往していたのが印象的だ。中一の冬頃、彼の家が火災により全焼してしまった時、私の父が彼を受け入れ私の家で数週間生活を共にした日々は忘れられない思い出だ。今は静岡県小田原市で不動産業を営んでいるらしい。


★ 山 本 浩 二 Koji Yamamoto

(Drum)

 一年先輩で中学の3年間一緒に行動したドラマー。
家が土建屋をやっていて彼も腕っ節は強かった。ドラマーとしても才能があり、ローリングストーンズのチャーリー・ワッツのような安定感があった。第一回グレコ主催Aロックコンテストでは前述の堀内と息の合った所を見せた。無類のバイク好きで、彼のバイクに乗って1969年大晦日の夜の国道を突っ走った時、見上げた夜空にボウリング場のサーチライトが、あのツェッペリン2ndの中ジャケのイラストのように満面の星空を照らしていてそれを見た瞬間、"ロックは死んだ!"と告げられ、正に魔法にかかったように体が固まってしまった事が忘れられない。音信不通だが今でも元気でやっているんだろうか...。


★ 田 沢 春 夫 Haruo Tazawa

(Drum)

 隣町富士市で活躍し、”土屋昌巳”という心強い先輩に育てられメキメキ頭角を現した同級生ドラマー。
私が中学3年の時の前述の「沼津緑屋デパート」主催のコンテストで土屋昌巳氏から紹介され知り合い、その後は沼津のバンドと掛け持ちで毎週富士まで出かけてリハーサルを行った。
 中学3年から高校卒業まで行動を共にし、コンテストやコンサートの類は数知れず出場した。富士駅から歩いて数分の所に自宅があり、よく学校へ行くと見せかけて彼の家でサボっていたのを思い出す。彼の家はやはり土建屋で、車で10分程離れた郊外に作業場があり、そこの2階にドラムセットやらアンプやらの凄いセットが所狭しと置いてあった。近隣に家が無いので思いっきり音が出せた。
 彼には兄と弟がいて、兄はボーカリストでその当時、英国バンド「アニマルズ」の”朝日のあたる家”を歌わせたら絶品の歌唱力を誇り、ライブハウスを飛び回りギャル達をキャーキャー言わせていた。弟は当時は小学生だったが、その後第5期美狂乱のボーカリストとなった田沢浩司氏だ。


★ 望 月 義 明 Yoshiaki Mochizuki

(Bass)

 2年先輩のベーシスト。
富士では有名な「望月建設」の御曹子。前述の田沢”ハルチン”春夫とは幼少からの付き合いで、コンビネーションも抜群でしっかりした安定感の、私にとっては非常に演奏しやすいリズム隊だった。彼は大変ひょうきんな人間で、言葉も巧みでいつもその話術に引き込まれたものだった。行動力がありとても頼りがいのある人物だった。


★ 牧 田 千 加 士 Chikashi Makita

(Keybd)

 同級生のキーボーディスト。
恐ろしいほど強運の持ち主。今も生きているのが不思議なくらい突拍子もない人生を送っている男...。ただ、音楽に関しては大変純粋でロマンティストだ。周りがどういうプレイをしようがマイペースでひたすら自分の世界を構築することに命をかけるようなタイプの音楽家だった。
高校2年の夏頃、彼の作った曲がヤマハPOPCONで入選し、よりによって私がボーカリストとして浜松で開催された静岡県大会の決勝ステージに上がるハメになった。(ギターもなしで、しかもスタンドインでハンドマイク...。ひえ~! だけど、なぜおれだったんだ?)まあ、チカシ恐るべし!といったところか。今はロシアに住んでるらしい。


★ 伊 藤 光 好 Mituyoshi Ito

(Drum)

 秋田県出身の2つ上のドラマー。
遠くからでもすぐ彼と判るほど巨大なアフロヘアーがトレードマークだった。ブルース系ハードロック”命”で、「フリー」や「バッドカンパニー」に狂っていたなあ。テクニック以上に感情表現の優れたドラマーだ。上下関係の規律に大変厳しく義理人情を重んじる律儀な性格で、巧みな話術で人を引きつける魅力も持っている。後輩の面倒見がよい体育会系の頼れるアンちゃんといったところか。私の家でよくトランプを使った手品をやって、うちのカミさんが大喜びしていた光景が今も思い出される...。


★ 小 林 雄 二 Yuuji Kobayashi

(Bass / Gutar)

 静岡出身。前述土屋昌巳氏のバンド「JEFF」のメンバーで土屋氏が抜けた後私たちと合流した。
甘いマスクと演歌歌手並みの歌唱力がウリのスマートな人で、めっぽう顔が広く静岡市内からいろんな仕事を持ってきた。今も静岡界隈で歌っているらしいが消息不明だ。


★ 八 木 俊 之 Toshiyuki Yagi

(Drum)

 静岡出身。初期サンタナのマイク・シュリーブにそっくりなスタイルのジャズ指向ドラマーだった。
彼も「JEFF」のメンバーで土屋氏が抜けた後私たちと合流した。静岡市内のジャズ楽団でもドラマーとして参加していた。テクニック抜群で後輩の育成にも力を注いでいたようだった。


★ 大城さん  Ohshiro

(Percussion)

 静岡出身。サンタナが大好きだったパーカッショニスト。
彼も「JEFF」のメンバーで土屋氏が抜けた後私たちと合流した。腕っ節が強く喧嘩は負けたことがないと言っていた。実際、指の付け根に喧嘩ダコ多数あり、屠殺場のバイトで牛相手に喧嘩の訓練していたとか...。(うわさでは素手で牛を昇天させたとか...恐ろしや...。)演奏的にはリズム感バツクンで、こじんまりした容姿といいサウンドといい、サンタナの「ホセ・”チェピート”・アレアス」そっくりだった!アフロヘアーも決まってたぜ!!


★ オシオさん Oshio

(Vocal)

 静岡出身。前述土屋昌巳氏のバンド「JEFF」のメンバーで土屋氏が抜けた後私たちと合流した。
「JEFF」のコンサートでのロバート・プラントそっくりな歌いっぷりが今でも思い出される。ゴールデンカップスのデイヴ平尾にも似ていたなあ...。


★ ケンジさん Kenji

(Guitar / Vocal)

 静岡出身。前述土屋昌巳氏のバンド「JEFF」のメンバーで土屋氏が抜けた後私たちと合流した。
彼はその後メキメキと歌唱力を身につけ、静岡市内のクラブを掛け持ちするほど引っ張りダコの人気を誇った。味わい深い歌声が印象的だ。笑顔が好印象のナイスガイだ。
現在でも市内でのコンサート等にオヤジバンドを率いて活躍中。


★ 穴 久 保 清 Kiyoshi Anakubo

(Trumpet / Sax / Management)

 初代美狂乱の時代からマネージャーのように多方面に渡って面倒を見ていただいた、私にとって大変重要な人物だ。
当時彼は”すみや”の楽器部を牽引する勢いを持って沼津店に就任、その行動力と楽器全般の知識の豊富さにより、たちまち沼津周辺の若い衆のバンド熱を加速させ、誰からも頼れる存在となった。楽器部の”主任”という地位を最大限生かし、当時日本に数台しか入荷していないMXRのエフェクターやマーシャル、ハイワット等のアンプを実際試す事が出来た環境を私たちに提供してくれた。
 私に限らず、長沢も佐藤も久野も...、み~んな彼にお世話になったのだった。私が今日までやってこれたのは彼のお陰だと断言しよう!


★ 伊 奈   透 Toru Ina

(Guitar / Vocal)

 静岡出身。日本大学三島高校フォークソング研究部の1級下の後輩。
CS&Nやニール・ヤング等のハーモニーを目指して意気投合し、日夜研究に明け暮れた仲間だ。歌唱力もあり優秀なボーカリストだった。


★ 広 瀬  保 Tamotu Hirose

(Guitar / Vocal)

 富士市出身。日本大学三島高校フォークソング研究部の先輩。
彼もCS&Nやニール・ヤングを研究した仲間だ。実にユニークな人だった。よく電車の荷物棚に横になっていたっけなぁ。日系韓国人の彼は「朴保(パクホー)」と名乗り米国へ永住し「韓国ロック」をアピールした。{米国でのコンサートでは、何と映画"ウッドストック"に出ていたリッチー・ヘブンズと競演したらしいぞ!!凄すぎ!)数年前帰国しその活動を東京へ移し都内のライブハウスや反戦イベント等、多方面で活躍している。


★ 小 林 正 美 Masami Kobayashi

(Guitar / Vocal)

 富士市出身。日本大学三島高校フォークソング研究部の同級生。
CS&Nやニール・ヤングを研究した仲間だ。彼の家にもよくお世話になったっけなぁ。自宅の製紙関係の仕事を継いて東京で仕事していた時たまたま池袋で出会った時の事はよく覚えている。


★ 小 針 一 郎 Ichiro Kobari

(Guitar)

 三島出身。美狂乱「五蘊」の中の”21世紀のアフリカ”の作詞者。
私は高1の時、初来日したレッド・ツェッペリンの武道館チケット(それも前から2列目の特等席だった!)を彼からプレゼントされたのだった。彼はジミー・ペイジが死ぬほど好きで、同じサンバーストのレスポールスタンダードを腰の下まで目一杯下げてプレイしていたのが印象的だ。
 容姿端麗でテクニックも申し分なかったが、高校卒業後東京へ出て美容師の世界に飛び込んでしまった。12年ほど前、彼のニューヨークのアパートに数日居候した経験がある。現在は静岡にいるようだが連絡が取れない。


★ 石 橋 隆 利 Ishibashi Takatoshi

(Bass)

 沼津出身。1つ上のベーシスト。彼は天才肌のベーシストだ。
安定感バツグンのベースを弾く。私と知り合ったばかりの頃はブルースギタリストで、ロリー・ギャラガー等をコピーしたりしていた。その後ベースに転身し初期の頃はギブソンのSGベースを引っさげてジャック・ブルース命のようなベースを弾いていたけど、フュージョンの到来と同時に猛烈にチョッパーを練習し一躍この界隈で名を轟かす存在となった。
富士宮のビヤガーデン「雲上」で一緒に仕事していた頃、彼の持っている「キャプテン・ビヨンド1st」と私の持っている「ブルー・オイスター・カルト1st」を交換したのだった。ラッキー!(?)


★ 原 貞 和 Sadakazu Hara

(Guitar / Vocal)

 熱海出身。1つ上のギタリスト。
その頃、熱海、小田原界隈ではグラムロック真っ盛りで彼らも「T・レックス」ひっさげて沼津辺りまで遠征に来たものだった。4人組全員ロングヘアーをオッ立たせ、どうらん塗った厚化粧の上にロンドンブーツといういで立ちで、平均身長2m弱という近寄りがたいオーラに包まれていた。それでもサダカズ君は容姿端麗、デビッド・ボウイによく似た顔立ちとキレの良いギターワークで女性客を魅了していた。今はもうない富士のダンスホール「シーザース・パレス」で毎晩一緒に仕事したっけなぁ...。
 彼はその後日本初の”防犯フィルム”輸入業者となり、かなり稼いだらしいゾ。最近(2010年)連絡が取れて無事を確認し合った。


★ 山下君  Yamashita

(Guitar)

 三島出身。エリック・クラプトンをこよなく愛するブルースギタリスト。
地元で「ブルース・コーポレーション」というバンドを主催し自費でLPを出す程の熱の入れようでバリバリやっていた。現在は三島広小路でスナックを経営し、店内でブルースセッションしているらしい。美狂乱の長沢正昭がよくドラムセットで参加しているらしい。 今もやってるのかなあ...。


★ 山田 郁夫 Ikuo Yamada

(Guitar)

 富士市出身。ブルース系からジャズ、フュージョンまでいろいろなスタイルのギターを弾く。
決まったバンドを持たずに道場破り的にいろんなバンドを渡り歩いていた。パソコンにめっぽう強くいつもそっち方面でお世話になっているのだった。